2016年12月13日

12月13日 政府の仕掛けた出来レース

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沖縄県知事 工事許可で抵抗も国の勝訴確定

沖縄県の翁長雄志知事は、県の敗訴が確定する見通しとなったことで苦しい立場に立たされた。翁長氏は「辺野古に新基地を造らせないという公約実現に向けてあらゆる手段を用いて取り組む」と繰り返し強調しており、今後も国への抵抗を続けると見られる。判決が確定した後にどこまで有効な手段を出せるかは不明だ。

在日米軍の普天間基地の移設問題で、3月に沖縄県と国が和解し一度争いを仕切り直した時点で、国の勝訴となることは見え見えだったと私は考えています。和解したときの条件が「裁判をやり直し、判決には両者とも従う」ですので、これで国が負けるとは思えませんでした。案の定、沖縄県の主張が退けられた形ですが、沖縄出身である私の心情は複雑です。まず私はコザで育ったのですが、1995年に米兵が少女暴行という事件を起こすまでは街で外国人をよく見かけました。主には米兵であったり、米軍施設で働く方々で、米軍施設の外であっても外国人が集まるエリアが私の中学のすぐ近くにあったのです。商店街も色々な国籍の方でにぎわっていましたし、公園ではアメリカ人とストリートバスケをして過ごしたものです。それが1995年の事件で一変します。米軍関係者は軍の外を出歩くことが禁止され、商店街もみるみる人が減っていき、経済の面でみると非常にマイナスだった事は間違いありません。もともと沖縄県は失業率も高く、賃金水準も全国で最も低い自治体です。もちろん暴行事件は許されざる行為ですし、日米地位協定には理不尽なものが多いです。しかし、米軍があることによる沖縄県民のメリットはあまり報道されず、沖縄県民の中でも軍を全て県外移設することに反対の立場の人も多いのではないかと予想しています。アメリカの大統領選挙でもそうでしたが、「政治的に正しい事」以外は発言できない空気が蔓延しています。トランプ氏の今後の動きも予測不能で、米軍問題は非常に複雑な構造をしています。

(ナカモト)

沖縄米兵婦女暴行事件・・・1995年(平成7年)9月4日に沖縄県に駐留するアメリカ海兵隊員2名とアメリカ海軍軍人1名の計3名が、12歳の女子小学生を拉致した上、集団強姦した強姦致傷および逮捕監禁事件である。“起訴に至らなければ、関与が明らかでもアメリカ兵の身柄を日本側に引き渡すことができない”という日米地位協定の取り決めによって、実行犯である3人が引き渡されなかったことが大きな問題になった。この決定に対し、沖縄県民の間に燻っていた反基地感情及び反米感情が一気に爆発し、同協定の見直しのみならず、アメリカ軍基地の縮小・撤廃要求運動にまで発展する契機となった。